抜毛症の標準治療
抜毛症(トリコチロマニア)は、美容目的以外で自分の体毛を自ら繰り返し抜いてしまう精神疾患です。
詳しいメカニズムは解明されていませんが、精神的なストレスや欲求不満が引き金になって起こるといわれています。一般に小児に見られることが多いですが、大人でも発症することがあります。
幼少期に発症した場合は自然と治癒することも多いですが、大人で発症すると治療が長引く傾向にあります。治療は精神科を受診し、精神療法を行うことが一般的です。
認知行動療法(Cognitive Behavior Therapy)
自分では気づきにくい考え方のクセに気付かせ、問題となる行動(今回の場合は髪を抜いてしまうという行動)を改善する治療方法です。周囲の人は否定的な態度はとらずに応援してあげましょう。具体的には以下のように治療を進めます。
- ①:気づきの訓練(AwarenessTraining)髪を抜き始めた時に、自分の今の心理状態を毎回記録することで、無意識に行っていた抜毛行動を意識化します。文字にして記録することで、日常生活で症状が起きやすい状況、時間帯、その時の感情について、患者さん自身が認識し対処できるようにします。
- ②:対抗反応訓練(Competing Response Training)髪の毛を抜いてしまいそうになった時に、それに逆らった行動がとれるように訓練します。例えば、掌をぎゅっと握ったり、脇をしめて腕を動かないようにするなどの他の行動をとることで、髪の毛を抜きたいという欲求を抑えます。
抜毛症の治療に使われる薬
抜毛症の治療には主に抗うつ薬の一種である、SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害剤)やクロミプラミンが使用されます。
- SSRI→脳内のセロトニンを増やすことで、患者さんの不安や落ち込んだ気分を緩和し、抜毛症の原因となるストレスを改善する効果があります。副作用は比較的少ないですが、吐き気や下痢、睡眠障害などが起こる場合があります。また、飲み忘れや自己判断で急に中止すると、離脱症状(めまい、発汗、吐き気、痙攣など)が出ることがあります。
- ・クロミプラミン→三環系抗うつ薬に分類される薬です。脳内のセロトニンとノルアドレナリンを増やすことで、意欲の低下や不安、不眠などの症状を緩和しストレスを改善します。三環系抗うつ薬は一般に、効果は強いですが副作用も出やすい傾向にあります。主な副作用としては、強い眠気、口の渇き、便秘、めまいやふらつき、吐き気、動悸などがあります。
抜毛症と医療大麻の関係性
日本では、薬物乱用防止の観点から、大麻原料(成熟した茎や種子を除く)を含んだ医薬品を製造することや臨床試験等の研究は『大麻取締法』により厳しく規制されています。しかし近年、大麻が様々な難治性の疾患に有用性があることが研究によって分かってきており、イギリス、ドイツ、オーストラリア、アメリカの半数以上の州、タイ、韓国などでは医療従事者の監視のもと、医療大麻で治療することを合法化する動きが進んでいます。
大麻に含まれる成分を総称して『カンナビノイド』といいます。人間を含むすべての動物には『エンド・カンビナノイド・システム(ECS)』と呼ばれる神経・免疫バランスを調節し、健康な身体を維持するための調節機能があります。具体的には、食欲・痛み・免疫調整・感情抑制・運動・神経保護・認知機能などを制御しており、ストレスや老化によりこの機能が弱まると、さまざまな疾患を発症しやすくなると言われています。
医療大麻にはこのカンナビノイドシステムを正常に戻す働きがあるとされ、様々な疾患に対し効果を発揮すると考えられています。脳のカンナビノイドシステムに異常が起こると、意欲や満足感をつくる脳内報酬系の機能がうまく働かなくなり、精神疾患を誘引する可能性があると指摘されています。
抜毛症は精神的ストレスや欲求不満に起因することが多いため、患者さんが医療大麻を使用することで、不安を軽減しリラックスすることができ、髪を抜きたいという衝動を抑えることができると考えられています。
従来の治療では、抜毛症に対する認知行動療法を専門にしている医師が見つけられない場合があることや、薬物療法では実際のところ効果があまりなかったり副作用に苦しんだりする場合もあることから、医療大麻への期待が高まっています。
抜毛症に医療大麻を使って治療した事例
現在のところ、抜毛症の患者さんに対する医療大麻の効果をきちんと証明した論文は少なく、まだ研究途中であると考えられます。
ここでは医療大麻の抜毛症に対する効果を期待し、臨床試験を行った例を2つ紹介します。抜毛症に対しては、合成カンナビノイドである『ドロナビノール』が効果があるのではないかと考えられています。
医療大麻を合法化している一部の国では、ドロナビノールは抗がん剤治療時の吐き気止めおよびエイズ患者さんの食欲不振・体重減少に対して使用することが認められています。
- ①:2009年~2010年に行われた臨床試験で、ドロナビノールを20~40代の抜毛症の成人女性14名に12週間投与しました。12週間治療を継続できたのは12名で、そのうち9名の女性が抜毛症に改善効果が認められました。
- ②:アメリカ合衆国のシカゴ大学で、ドロナビノールの抜毛症・皮膚むしり症に対する効果を期待し、2018年から現在進行中の臨床試験です。
抜毛症や皮膚むしり症のある18~75歳の患者さん50名に、二重盲検法でドロナビノールとプラセボを10週間投与します。二重盲検法とは、医師・患者さん共に先入観をもたない状態で行われる臨床試験の方法です。有効性・安全性についての結果は2021年8月に分かる予定です。
参考文献
2)JonE Grant,Brian L Odlaug,etal.Dronabinol, a Cannabinoid Agonist, Reduces HairPulling in Trichotillomania: A Pilot StudyPsychopharmacology (Berl)2011 Dec;218(3):493-502
4)山本経之;カンナビノイド受容体―中枢神経系における役割,日薬理誌(FoliaPharmacol.Jpn)130,135-140(2007)